近況雑談の過去ログ29(2001年11月)


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11-30 図書館巡り /雅子妃入院
11-27 Badtrans.B (ウィルス)
11-26 アフガン劇場
11-22 「チャンスの前髪」放送順延
11-21 アフガン報道映像の謎
11-20 宗男 vs 猪瀬
11-17 大元氏解放(ヤナギダ 2)
11-15 週刊誌は辛い(AERAの田岡氏) /カブール映像
11-13 カブール陥落
11-08 アフガンの空手家
11-05 てんこ盛り偵察車(北部同盟軍3)
11-03 文化の日
11-02 ヘリ・制服・タイヤ (北部同盟軍2)

 2001-11-30  図書館巡り /雅子妃入院

 近場の図書館では埒があかないので区立中央図書館へお出かけ。閉まっている。張り紙によると館内整理のため来月6日まで閉館なんだと。他の区立図書館に問い合わせてみたところ私が探しているブツは区内では中央にしか無いという。しょーがないので隣の区の中央図書館へ。閉まっている。休館日なんだと。区によって休館日が違うとは不覚。さらなる無駄足はイヤなので電話で所蔵状況を問い合わせた上でもひとつ隣の区の中央図書館まで足をのばして資料入手。やれやれ。
 たいした距離を歩いたわけではないがハズレを続けざまに引いて気分が悪い。もう今日は仕事はヤメ。来週までウチも休館ということに……できたらいいんだけどなぁ。


 雑談の過去ログ目次の体裁を変えてみた。仕事もせんと何やってんだヲレは。

 今夜(30日)のNステは雅子妃入院や狂牛病3頭目発見のニュースが飛び込み、進行が大混乱。20分延長となったが、中身は「雅子さまの歩み」VTR(事前に用意してあったんだろう)や渡辺宜嗣アナの仕切りによる現場中継で、実質Nステの途中に別の報道特番が挿入された恰好であった。
 各局をザッピング。東宮御所前からの中継はTBSとCXが同じ絵に見える。カメラが並んで陣取っていたのだろうが、もしかしたら一部映像を共用していたのかも。
 CX安藤優子のハシャギっぷりが凄かった。いやま、目出度いニュースだからいいようなものだが。分娩にそなえて入院という段階で各マスコミ騒ぎ過ぎ。東宮御所から宮内庁病院までの「雅子さまの乗ったお車のルート」解説って、パレードじゃないんだから。



 2001-11-27  Badtrans.B (ウィルス) (11-28追記)

 「ウィルスに感染した。メールがそちらに行っているかもしれないが絶対開けないで」との電話を貰った。着信確認してみると届いている。ウィルス・メールはちょくちょく来るが(春頃はHybris がいっぱい来た)、知り合いから来たのは初めて。「W32.Badtrans.B」というヤツ(Badtransの亜種)で、うちに来たメールの添付ファイル名は「IMAGES.DOC.pif」になっていた。

 メール経由のウィルスはアウトルックさえ使わなければ大半が防御できたはず。セキュリティ穴だらけでウィルス感染&ばら撒きしまくりのアウトルックなんかを、なんでいまだに使ってるわけ? パソコン初心者ならともかく業界関係者のくせに(笑)、と事情を聞くと「だって業界の人も、みんな使ってます」なんだそうな。困ったもんである。

 蛇足ながら。別のメーラーを使っていても、添付ファイルを無警戒に開いて(実行して)しまえばアウトだが、それはまた別の話。

 ・ Badtrans.B 解説シマンテック
 ・ 「W32/Badtrans.B」ワームに関する情報IPAセキュリティセンター
 ・ 新種ウィルス情報日本コンピュータセキュリティ協会


 28日未明追記。この件(Badtrans.B)がZDNet Newsのトップニュースになっている。関連記事も複数あり。( IPA,大発生の「Badtrans.B」に警告、など)

 感染原因は、アウトルック(の穴)ではなくInternet Explorerのセキュリティホールと書くべきであったか。よくわからんので上の記述はそのままにしておく。(感染しても、アウトルックを使ってなければ拡散はしないような?)



 2001-11-26  アフガン劇場

 柳田大元氏の手記が掲載されている「週刊新潮」11月29日号を購入。解放直後の記事のなかに「拘束中は暇で空手を教えたりしていた」云々の記述があったが、手記によると教えていた相手はタリバン兵ではなく同房のアフガン人(囚人?)だったらしい。

 この号には義兄・野村進氏の手記も掲載されているが、大元氏の所在が掴めなくなり不安を募らせていた15(16?)日の記述に気になる一節がある。

 CNNをつけると、ブッシュ大統領が、
 「アフガン劇場(シアター)の第一幕は終わった」
 と誇らしげに宣言している。
 「アフガン劇場」とは(!)。空爆下にあるアフガン民衆の命はどうなるのかと、怒りで体が震えてくる。
(「週刊新潮」11月29日号、p.27、原文はルビ)

 「シアター theater」には「(事件の)舞台」という意味もあり、the theater of war(戦場)という慣用句もある。アメリカで同時テロ事件が起こる前、ブッシュは「ならず者国家」という呼称を復活させNMD(米本土ミサイル防衛)とTMD(戦域ミサイル防衛)を統合するミサイル防衛構想をぶちあげる演説をしているが、(*) 「戦域」はTheater の訳。試しにWEB検索してみると「アフガンの戦場」の意味での用法がいくつかヒットする(「Afghan theater」の他に「theater of Afghan」もある)。
 CNNで流れたブッシュの演説中のアフガン・シアターはおどけた表現ではなく「アフガンの戦域(戦場)における」というごく一般的な言い回しだったのかも。まあ、ブッシュのことだから、「劇場」に引っ掛けた悪趣味で無神経な言い回しだった可能性も否定できないけど。

 一例を挙げておく。TIME.comの記事の、日本の護衛艦派遣決定に言及した部分の冒頭(太字は引用者による)。「Japan this week took the unprecedented decision to send warships to the Afghan theater this week」

 ・引用元: TIME.com: What They're Saying About the War (11/1、TIME.com

 余談。よく言われることだが、「護衛艦」なんてソフトな呼称もしょせん国内向けでしかない。上の引用文中にあるように、英語にすればwarship(軍艦)。


(*) 追記 ブッシュが打ち出したのはTMD構想ではなく、クリントン時代のNMDとTMDを統合する「ミサイル防衛構想」。記述を修正した。(12-13)


 2001-11-22  「チャンスの前髪」放送順延

 昨夜に続いて今夜のNステにも大江健三郎が生出演した。含蓄のある話ではあったが、私には、イスラマバードからの上山アナの取材総括レポートの方が印象が強かった(洋服で難民キャンプを取材するのは畳の上に土足で上がるぐらい失礼なこと、という喩えなど)。上山アナのパキスタン・レポは今日が最後らしい。

 NステWEBで「チャンスの前髪〜野村萬斎」を23日(金)に放送予定と告知されていたが、順延となった模様。暇ネタだから仕方ないが、差し換えられた特集「米独立リーグで活躍谷口選手」も暇ネタのような?



 2001-11-21  アフガン報道映像の謎

 昨夜のNステの録画を見て、「宗男vs猪瀬」生討論が“仮想法廷”仕立てだったのに気づいた。昨日の項、記述を訂正し、文を追記した。


 「ビンラディン氏に懸賞金30億円」のニュースで、今日(21日)のCXスーパーニュースはイメージ映像として、先月25日に放送した“タリバン秘密基地の極秘撮影映像”を流した。同じシーンかどうかは未確認だが同じ洞窟なのは間違いない(先月25日の雑談参照)。約7秒。ソースは同じはずだが「abc」のロゴは入っていなかった。イメージ映像の素材として使う場合に提供元のテロップを省略することはあっても、画面自体に入っているロゴをわざわざ消すか? 謎。

 昨夜(20日)のNステで流れたカンダハル市内の昼間の映像でタリバン兵の食事シーンあり。テロップは「18日撮影(IPJ) カンダハル市内」。久米宏も不審に思ったらしく、「ラマダン中は食事はおろか唾も飲めない。タリバン兵が日中に食事をするはずがない。タリバン兵の食事のシーンに限っては、ちょっと違うかもしれません(=18日撮影ではないかも)」とお断りコメントをした。
 この日の映像に「18日撮影(IPJ)」というテロップがあったということは、13日以降NHKや民放各局が流している(ロゴや提供元表示の無い)「カブール市内映像」は、IPJのものではないということだな。

 19日のテレ朝・Jチャンネルでサイラ・シャー(英国人ジャーナリスト、父親がアフガン人で風貌は西欧人には見えない)の北部同盟支配地域への再訪問レポートが流れた。日本語吹き替えの下に英語吹き替えの痕跡が残っていたので英語圏(イギリス?)で放送された番組と思われる。映像は高品質、構図も凝っており(逆光多用)、戦地訪問レポなのにじっくり作り込んだドキュメンタリーのように美しい画面。綺麗過ぎて違和感あり。
 (「RAWA提供」の“タリバンによる公開処刑映像”も流れた。)



 2001-11-20  宗男 vs 猪瀬 (11-21追記)

 昨夜のしし座流星群は凄かったそうで。興味はなかったのだが「都内でもいっぱい見えた!」と聞くと、起きていたのに見逃した自分が間抜けに思えてちょっと悔しい。今日の未明、メガネをかけて外に出てみた。オリオンが綺麗。流星は一つも見えなかった。

 今日は夜になってから事務所に出勤。JR中央線が人身事故で止まっている。いつ来るかわからん電車をホームで待つのはヤなので駅を出て本屋で時間を潰す。潰し過ぎて事務所でNステを見るはめに。

 今日のNステの目玉は“抵抗勢力”鈴木宗男と猪瀬直樹が高速道路・道路公団民営化を巡り生ディベート……となるはずだったんだろうなあ、法廷を模したスタジオ・セットから察するに(両者が左右の机に分かれて向き合い、中央の台上に小泉人形、中央奥の高い壇上に久米宏・森永卓郎・渡辺真理嬢という配置)。しかし、開始早々に鈴木宗男が「抵抗勢力」という呼称にアヤをつけて粘りまくり、司会者によるテーマ設定も仕切りもないままズルズルと争論(言い合い)に突入。法廷風セットが泣いている。
 鈴木宗男はまともな議論・討論が出来ない人物だということがよくわかる企画だったが、しかし、そんなことは周知の事実。Nステでこういうコト(人物)に時間を割かれると自分の時間を無駄遣いされているようで不愉快。猪瀬直樹は短気な人だがあまり熱くならなかった。視聴者の見ている前で“抵抗勢力・鈴木宗男”から言質を取ることに専念していたのかも。


追記 録画を見て“法廷”仕立てだったことに気づいた。法廷ディベートか。鈴木宗男は左側(検察側)席。文章リライトした。(ディベート会場風セット→法廷風セット、等々)

 討論がまったく成立せぬまま時間切れで終了となったが、放送枠自体は30分もあったんだなあ。久米宏がもうちょっと“裁判長”らしい議事進行をすれば……いや、鈴木宗男が相手では30分が30時間でも実のある討論など不可能か(笑)。
 番組制作サイドが用意したアンケート結果や取材VTRは“抵抗勢力”(=高速道路作れ派)に批判的なもので、鈴木宗男は検事というより被告扱いであった。昨夜は“法廷”とは意識せずに見ていたので気にならなかったが、これは設定(見立て)がまずかったように思う。
(11-21)



 2001-11-17  大元氏解放(ヤナギダ 2) (11-18追記)

 本日午後5時半のテレ朝のニュースで、タリバンに拘束されていた柳田大元氏が解放されたとの報あり。ジャララバードから電話レポートのANN大平記者は開口一番「今、柳田大元さんは隣にいます」。続いて、昨日ジャララバードで行なわれた「独占インタビュー」の映像が流れた。インタビューに答える大元氏は健康そうで表情、口調に緊張感はなかった。状況にやや困惑しているような気配はあったが。

 −−タリバンに拘束された時にはカメラも持っておらず、スパイでないことはタリバンも承知していたようで取調べはほとんど無かった、すぐ解放すると外国人ジャーナリストが次々に入って来るかもしれないのでタリバンはそれを嫌って数週間拘束したのではないか。14日にタリバンから非タリバンのパシュトゥーン人(若者2人)に身柄を渡され、彼らと共に国境のトルハムまで行ったが国境はムジャヒディン勢力が抑えていて通過できずジャララバードに戻った、云々。

 現在は非タリバンのパシュトゥーン人勢力の庇護下にあり、日本政府が迅速に対応すれば今日にも出国できる模様。まだアフガン国内なので不安は残るが、まずは無事でよかった。


 夜9時前、日テレやCXでもこのニュースが流れている。CXではインタビュー映像もあり、先ほどパキスタン国境に向けて出発したと報道。


追記  深夜のTVニュースでパキスタンに入国する映像が流れた。TVやWEBの続報は解放前後の経緯について細々と相違があるが、まあそんなことはどうでもよい。
 テレ朝のインタビューとレポートがごっちゃになっていたのでリライトした。(11-18未明)

 ・ 柳田さんがアフガン出国 拘束から26日ぶり (11/17、共同通信)
 ・ 柳田さん「変装ばれた」「敗走中が最も危険」と語る (11/17、朝日新聞)



 2001-11-15  週刊誌は辛い(AERAの田岡氏) /カブール映像 (11-16追記)

 仕事からの帰路、「AERA」11月19日号を買う。目当ては田岡俊次氏の記事「楽観過ぎた米の見通し 貧弱きわまる航空攻撃」。
 米軍にはアフガン近郊に出撃用の航空基地を確保できなかったという誤算があり、地上の北部同盟軍は兵力不足、分裂工作のためアフガンに潜入したアブドゥル・ハク氏はタリバンに捕らえられ処刑された。アメリカの思惑どおりに事は進んでいない。記事は「米軍は春を待って空挺部隊を大挙投入し、アフガニスタン領内に航空基地を確保して(略)そこを根拠地に至近距離からの航空攻撃や特殊部隊のヘリ輸送作戦を展開するリスクの大きい戦略に出ざるをえなくなるかもしれない」との推測で締め括られている。

 この号が店頭に並んだ12日にはマザリシャリフは陥落しており、翌13日には首都カブールも落ちている。事態が急展開しちゃうと週刊誌は辛いなあ。もっとも、誌面とリアルタイムのズレっぷりが面白いからこの号は買っておこう、なんていう私のようなひねくれた読者もいるけどね。

 備忘メモ。田岡氏の記事タイトルは本文では「貧弱きわまる航空攻撃」だが、目次では大タイトルが「ブッシュは挫折する」、記事タイトルは「弱小北部同盟に頼った米軍の誤算」となっている。

 現在の状況は田岡氏が言うのとは別の意味でアメリカの“誤算”なんだろうな。「米軍は春を待って空挺部隊を大挙投入し」、……北部同盟と戦闘を始めたりして。


訂正  文章修正した(マザリシャリフ陥落は10日)。(11-16)


 民放各局のカブール・レポートで流れる「カブール市内の映像」は、今日も各局同じV。編集は違うがソースは同じ(同一人物、同一シーンがある)。日テレ・プラス1では「最新独自映像」を謳っていたが、その画質の良くない“独自映像”の合間に、CXやテレ朝が流しているのと同じVを挿入していた。困ったもんだ。ザッピングでニュースのハシゴをしない視聴者は、あのVも日テレの“独自映像”だと誤解しかねない。
 米・ABCやCNN、カタールのアルジャジーラ・テレビなどの映像は画面にロゴが入っているが、13日から民放各局が流しているカブール市内映像にはなんの表示も無い。誰(どこ)が撮影したものなんだろう?

 映像の出所といえば、空爆開始前に頻繁に流れていた「タリバンの公開処刑の隠し撮り映像」が14日のNステでまた流れたのだが、「RAWA提供」とテロップ表示されていた(RAWAについての説明は無し)。以前は「提供元」表示は無かったような(自信無し)。



 2001-11-14  追記

 昨日の雑談の追記にさらに追記した。(読売の記事の引用を追加&訂正。)



 2001-11-13  カブール陥落 (11-14追記)

 8日に北部同盟軍がマザリシャリフ近郊に進攻、一部を奪還かとの報道があったが、10日にはマザリシャリフ制圧、それからわずか3日後の本日、首都カブール陥落。首都を無抵抗で明け渡したタリバン軍の行動が退却なのか「戦略的撤退」なのかはさておき、北部同盟軍の進攻の早さには驚かされた。5日頃までの報道映像では北部同盟軍はポンコツ車両とシロート兵士の寄せ集め集団に見えたのだが。
 10日に流れたマザリシャリフ周辺の北部同盟軍映像は、戦闘車両・重火器が充実していた。読売の先月27日の記事(露、北部同盟に4500万ドル規模の兵器供給へ)では(ロシア政府は北部同盟に対し)「年末までに(中略)兵器供給を行う見通し」とあるが、今月上旬にはすでに大規模な武器供与・補給が行なわれていたということかしらん。(*)

追記  (*) 毎日新聞によると北部同盟は「ロシアから20日ほど前に、旧式ながら整備状態のいいT62形戦車50両の供給を受け」ていたとのこと。戦車だけでなく戦闘車両や武器弾薬も供与されていたのだろうな。(11-14追記)

 ・→ クローズアップ:カブール陥落 “無血入城”想定通り?(11/14、毎日新聞)

 あれ? 「20日ほど前に」ということは、読売の記事が出た時にはもう兵器供与を開始していたということか。この記事については先月30日の雑談で少しふれたが、現在すでに削除されているので内容を補足しておく。この情報はインターファクス通信が先月27日に「モスクワの消息筋の話」として伝えたもので「同筋によると、供給されるのはT55型戦車40台、歩兵装甲戦闘車両80台、装甲輸送車両数十台など」と報じている。(11-14午後追記)

 シロート兵士といえば、12日のCXスーパーニュースでタロカーンを攻撃する北部同盟軍の前線映像が流れたが、装甲車の砲塔上で車長(?)が射撃手に射撃の指導をしていた。戦闘の真っ最中に。車長が「人を狙うな、土ぼこりの上がっている所を狙え」と叱咤するのだが、この射撃手、注意されるまで丘の斜面に展開する友軍兵士に向かって射撃していたような。

 日本人ジャーナリストも北部同盟軍に同行してカブールに入り、TVニュースで現地レポートしている。各局独自の映像も織り交ぜているが(NHKのビデオフォン伝送はコマ落ちカクカクでモザイク処理したような汚い画面)、カブール市内の最新映像(タリバンがいなくなったのでヒゲを剃ったと喜ぶおじさんや北部同盟軍のスケッチ)は、NHKも民放各局も同じものを流している。局のカメラクルーは後方待機か。


 12日深夜、ニューヨークで旅客機墜落の報。TVをザッピングして夜更かし。テレ朝はCNNの垂れ流し状態、TBSは実況や解説の合間に繰り返し株価情報を流していた。



 2001-11-08  アフガンの空手家

 2日のTBS・ニュースの森で、アフガン戦争で義勇兵として戦ったという田中光四郎氏(日本自由アフガニスタン協会・理事長)のインタビューが流れた。話の趣旨は、テロに武力で応じる愚を批判し、難民支援を訴えるもの。インタビュー中、道着姿で空手の指導をしている義勇兵時代(85年頃?)の田中氏の写真が映った。
 アフガン戦争に日本人義勇兵が参加していたとは意外、と思ってそれきり忘れていたのだが、先日図書館で資料を漁っていたらこんな記事(↓)が目に飛び込んできた。

アフガンで邦人男性死亡 反政府ゲリラに参加
【モスクワ二十九日時事】 (中略)
 タスによると、パキスタンとの国境近くのロガール付近での戦闘の最中、この日本人が突然岩陰から飛び出し、政府軍兵士に空手で襲いかかり、その場で軽機関銃で射殺されたという。
 この男性の名前はいまのところ確認されていないが、所持品の中に、反政府ゲリラに空手を教えているところを写した写真が発見されたとしている。タスによると、この戦闘で反政府ゲリラ三十八人が死亡した。
(引用出典:日本経済新聞、昭和61年(1986年)9月30日夕刊)

 アフガン・ゲリラに空手を教えていた日本人は田中氏の他にもいたようで。
 それにしても「空手で襲いかかり」って……。空手で機関銃に勝てるわきゃない。そんなことは承知の上で向かっていったのだろうが、どんな事情があったのやら。続報記事を探す時間が無かったのでこの空手家の名前など詳しいことは不明。



 2001-11-05  てんこ盛り偵察車(北部同盟軍3)

 5日のテレ朝スーパーモーニングで共同通信・有田記者のジャブルサラジ・電話レポートが放送された(レポートは4日のもの)。北部同盟は3日に「軍事パレード」を行ない、5日には大規模な軍事演習を行なうとのこと。3日の「軍事パレード」の(?)映像はひどいものだった。兵士は少なくとも400人以上いて制服・制帽はほぼ揃っているのだが、ブーツが配給されておらず革靴を履いている兵士がいる。携行武器の無い手ぶらの兵士も多数。車両不足のためだろう、定員4人のBRDM−2装甲偵察車が十数人の兵士を載せて走っている。偵察車でトラックの代用とは泣けるぜ。BMP−1歩兵戦闘車も数台映ったが戦車は1台も登場せず。

 「数日中に北部同盟とアメリカ軍による大攻勢があるということですが」との司会者の問いにゲストの森本氏は「そうは思いません。アメリカの計画どおりには進んでいない。攻めあぐんでいる。北部同盟のビデオはたくさん流れているがこれは報道しやすいからで〔日本のTV局が入手しやすいの意?〕、北部同盟の戦力はすごくない。彼らが大攻勢の状態にあるとは見えない」とコメント。
 そうだよな。映像はよく流れるが、どれも北部同盟軍の貧弱さを伝える暴露ビデオみたいだもんなあ。北部同盟は宣伝のつもりで撮影させているのだろうが。


 5日のCXスーパーニュースでポシャバファウジンの北部同盟レポート。この戦線の兵士は村人と同じ服装だが、「西側の訓練を受けたとみられる」(ナレーション)2人の兵士のみ迷彩服を着用。1人はサングラス(!)をかけており、もう1人は狙撃銃(!)を手にしている。完全に浮いている。「西側」というのは米軍のことか?

 続いてジャボルサラジ・レポート。軍キャンプに集まってくる兵士たちは服装がばらばら(私服?)で少年や白髪の老人も混じっている。戦車の前で挨拶する指揮官曰く「みなさんには、少しずつ給料を渡します」。指揮官が兵士に向かって言うセリフとは思えない。ほんとに“北部同盟の兵士”を呼集したのかね? この人たち、給料目当てに集まってきた村人たちのような。これがアフガン流なのかもしれないが。
 3日・4日に行なわれた「大規模な軍事演習」の映像では、緑・白・黒の三色の幟を立てたBMP−2歩兵戦闘車やBRDM−2、T−55などが映った。走行するT−55を至近距離から撮った映像あり。左のキャタピラ・カバーが無く、右側のカバーはひしゃげたままという無残な姿であった。
 5日の「軍事演習」の様子も映った。集合した兵士は新しい制服・制帽を身に着けているが私服の者もいる。隊長に「走れ!」と号令され、数秒の間をおいててんでばらばらに走り出す20人ほどの兵士たち。まるでお遊戯。アフガン人は武器の扱いには慣れていても集団行動の訓練は受けたことがないらしい。走行訓練で穴に落ちるBMP−1。車両の運転もあんまりしてないらしい。

 フリージャーナリスト近藤氏のレポによると今日(5日)が連日続いた「軍事訓練」の最終日で兵士7000人が集結したんだとか。最終日でこんな状態か。


 NHKの夜7時のニュースはアフガン関連がトップ。NHKは「ジャルサラジ」(CXと同じ)、「ジャバハウディン」と表記。ボジャバハウディンの北部同盟の前線基地では3種類の迷彩服(緑、緑っぽいカーキ、灰色)が混用されていた。この迷彩服がずっと引っかかっていたのだが、北部同盟が先月末から支給しはじめた「新しい制服(迷彩服)」は、アメリカから貰ったものなのかも。


 装備も訓練された兵士も足りないのに、ロシアの武器だのアメリカの特殊部隊だの、外から余計なものが送り込まれて内戦は続く。そういえばタリバン側も戦力の中核部分は外から来たアルカイダやパキスタン軍や義勇兵か。



 2001-11-03  文化の日 (11-04追記)

 業務用の資料収集のため土砂降りの雨のなか図書館へ。閉館日でもないのに閉まっている。わけわからない。ガラスドアに張られたカレンダー(閉館日の印付き)を眺めていて今日が祝日だと気づいた。祝日といっても「文化の日」なんだからさ、図書館なんだからさ、開けてくれよぅ……。 (T-T)


追記  勘違いに気づいた。閉まっていたのは祝日で休みだったからではなく、「祝日は閉館時間が早い」からであった。しかし日曜・祝日は午後5時までって、閉めるの早過ぎ。(11-04)



 2001-11-02  ヘリ・制服・タイヤ (北部同盟軍2)

 TVで流れる北部同盟の映像は兵士・兵器の数が少ない云々と先月30日の雑談で書いたが、30日のNステのジャブルサラジ・レポート(内藤記者)では多数の兵士が映っていた。円陣状に集合した一団をカメラがパンして捉えるカットでは150人ほどもいた。各前線から兵隊を掻き集めたんだろうなあ。北部同盟は部隊を再編成し訓練してカブールに進攻するとしているが、戦線は膠着しており、もう冬が来ている、と内藤記者はカブール進攻作戦に懐疑的なコメント。間近で撮ったT−62戦車の映像あり。

 31日早朝のCXのニュースによると、ロシアはMi−24ハインド(攻撃ヘリ)を北部同盟に供与するらしい。これにより北部同盟はアメリカ軍の空爆に頼らず独自にタリバン軍を空から攻撃できるようになる云々の解説。ほんまかいな。操縦や補給、保守はどうする? ヘリには漏れなくロシアの軍事顧問団が付いてます、というオチかも。
 資料映像でT−55やT−62が多数並んでいる戦地の様子が映ったが、いつどこで撮影されたものなのかは不明。案外、タリバンが勢力を伸ばす以前の、何年も前に撮影された映像だったりして。

 31日のCXニューススピークで共同通信・長谷川記者のジャルサラジ・レポート。北部同盟は兵士に新しい制服を支給しはじめたとのこと。お揃いの制服・制帽を身に着けぞろぞろ歩く100人ほどの兵士の姿が映った。この“新しい制服”は迷彩服に戦闘帽という29日のNステでちょっと映ったのと同じもの。29日のあの資料映像は、いつどこで撮影されたものだったんだろう? ジャブルサラジで撮られた映像なら、29日あるいは30日のレポで“新しい制服”について内藤記者も一言ぐらいふれそうなものだが。
 (迷彩服姿の兵士は以前からちらほらいて、内藤記者の移動映像にも映っていた。29日の資料映像が引っかかるのは、兵士数十人が“お揃いの制服”を着ていた点。)

 ニューススピークで奇妙な装甲車が映った。よく見ると第2、第3車軸にタイヤを装着していないBTR−60PB(旧ソ連の装甲兵員輸送車の砲塔付きタイプ)であった。車体上に7、8人の兵士が乗っていたがまさかタイヤ半分で運用? だいじょぶか北部同盟。

 31日、米軍はバグラム空港周辺のタリバン軍をB−52で絨毯爆撃。喜んだ北部同盟が報道陣をご招待したらしく、ANN内藤記者やフリージャーナリスト近藤氏(CX)のジャブルサラジ・レポート(31日〜1日)にはバグラム空港(廃墟)での取材シーンもあった。

 1日のNステのジャブルサラジ・レポート(内藤記者)によると、北部同盟は「1000人規模の軍事演習」を行なったとのこと。北部同盟が取材・撮影を拒否したため300メートル離れたところから撮影した映像が流れたのだが、約300人の兵士の静止した縦列はただの行列のようで軍事演習をしているようには見えなかった。“新しい制服”はほぼ行き渡っている様子だが、31日も1日も内藤記者はこの件に一言もふれずじまい。
 T−62の戦車砲を物干し竿がわりに洗濯物を干している映像あり(この映像は31日にもCMへの繋ぎカットとして数秒映っている)。

 内藤レポによると、北部同盟のアブドラ外相が会見で「あと数日で臨戦態勢に入る」、「カブール周辺に数千人の精鋭部隊を投入」、「前線ではアメリカ軍が活動している」と語ったそうな。北部同盟は米軍の空爆開始前から強気の発言を繰り返している。これもその手の情宣活動だろう。米軍の絨毯爆撃は北部同盟のカブール進攻を支援するためのもの、進攻作戦は近い、との観測もあるが、TVで流れる映像を見るかぎり、ロシアから大量の武器供与を受けるまで進攻など無理。お出かけは装甲車にタイヤをはめてから。



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