映画雑記2



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 2000-02-20  「大脱走」 -- にまつわる思い出

 私は幼い頃、よく父に連れられて映画館に行った。邦画が多かったがたまに洋画の時もあった。見るのはいつも戦争映画だった。中でも強烈に印象に残ったのは洋画の一篇で、オートバイで逃げる男を大勢の兵隊が銃撃しながら追いまわし、最後に男は鉄条網に突っ込んで血塗れになってしまうとか、腹ばいでしか進めない狭いトンネル内で土砂が崩れ、生き埋めになった男が必死で這い出して口から土を吐く等々の恐怖場面の連続だった。
 そんなものを幼児が見ても恐ろしいばかりで楽しくなどない。が、私に作品の選択権はなかった。映画観賞は、当時の私にとって娯楽ではなく拷問に近いものであった。

 後年、「大脱走」のTV初放映の時、初めて観る映画のはずなのに巻頭から奇妙な懐かしさを感じた。そのテーマ音楽は、幼い頃から折に触れて頭に浮かぶ謎の旋律だった。見るうちに、おぼろげに残る悪夢のシーンがブラウン管の中で次々蘇る。そうか、俺はこの戦争映画の名作を、ずっと昔に観たことがあったのかと気づいた。

 記憶というのは年月を経てずいぶん歪むものらしい。私の記憶では、オートバイ男(スティーブ・マックイーン)は、最後に有刺鉄線に絡まって青いTシャツを血に染めて死んだはずだったが、……生きてるぜ、おい。映画の中ほどで、ノイローゼ状態になった男が捕虜収容所の鉄条網をよじのぼろうとして銃殺されるシーンがあるが、それとマックイーンのオートバイ逃走シーンとがまぜこぜになっていたらしい。
 トンネル生き埋め男はチャールズ・ブロンソンだった。背中を撃たれて線路上に倒れ、青い目を見開いたまま絶命する背広の男は「ナポレオン・ソロ」のイリアだった。他にもジェームズ・コバーンやジェームズ・ガーナーなどTVでお馴染みの俳優が大勢いる。なんだ、みんな、この映画に出てたのか。

 幼児にとっては恐怖映画だったが、少年の目には「大脱走」は楽しい映画だった。悲劇的エピソードはあるがその描写は陰惨ではない。戦闘ではなく機知を見せ所とする異色の戦争映画で、登場人物はドイツ軍将兵も含めて皆魅力的である(「大脱走」の敵役はドイツ軍ではなくゲシュタポに限定されている)。私のお気に入り映画となった。

 好評だったのだろう、初放映からあまり間隔をおかず2度目のTV放映があった。この時、カセットテープで全巻を録音した。当時、まだビデオデッキは一般家庭に(少なくとも我が家には)存在しなかった。そのテープを繰り返し聞いた。
 その後も「大脱走」は何度か再放送されたが、3回目の放映以後あたりから、大幅にカットされて放送されるようになった。前編・後編の2週に分けての放送だったのが、そのうち2時間枠に圧縮して1回(1週)で放送してしまうようになった。

 テレビ東京が昨年から「20世紀名作シネマ」という企画を始め、毎週名画の放送をしている。1月20日には木曜洋画劇場枠で「大脱走」を放送した。この日の放送分も、オリジナル約2時間45分のものを1時間36分枠に圧縮している。
 大幅カットについて文句を言う気はない。映画は本来映画館で観るべきものだし、今はビデオでも観られるんだから。しかし別の点で、今回放映されたバージョンは私にとって受け容れがたいものだった。吹き替えが、声優を総とっかえした新版になっているのである。私にとっての「大脱走」は、少年期にカセットで繰り返し聞いた、旧吹き替え版とイコールなのだ。あぁ、ものすごい違和感。ほとんど生理的拒絶反応に近い。昔の吹き替え版は、もう放送にたえないほど劣化してしまったんだろうか。

 以前、何度目かの再放送の際に録画したビデオテープが、かけがえのない永久保存版となった。



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