ITな棋士たち from 北朝鮮

(2001-04-05、@ニュースステーション)


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  • 一部記述を訂正した(KCCチームの初参加は1999年で、Nステの特集が取材した2001年大会は3度目の参加)。 /コンピュータ将棋協会のリンクを修正(サイト移転)。(2005-05-07)
  • 補足(IS将棋vsKCC将棋)を追加。時間が経っているので別枠にしておく。(2004-11-09)
  • 補足メモと対応する箇所に(*) を挿入。補足メモは配列を変更した。(2001-11-07)
  • 補足メモを雑談過去ログからこのページの末尾に移動。(2001-11-02)


 2001-04-06  “ITな棋士たち from 北朝鮮”(ニュースステーション)

 5日のNステ“ITな棋士たち from 北朝鮮”は面白いレポートではあったが、いろいろ疑問・不満も残った。メリハリをつけるために仕方ないのだろうが、多少予備知識のある者から見るとあざとい演出が目についてしまって。
 細かな不満はさておき、大会初参加で3位入賞したかのような紛らわしい説明、まったく日本将棋を知らない北朝鮮の人間が日本から送られた数冊の文献だけからソフト開発したかのような解説など、レポート全編が北朝鮮のソフト開発能力の高さを称揚する意図のもとに作られた感じで、見ていてかなり違和感あり。以下、感想を羅列する。

 放送前日に流れた予告VやWEBページ告知での「初めて北朝鮮チームが来た」云々は、本編でも補足されずじまい。昨年の大会に言及する説明が一切無く、むしろ逆に北朝鮮チーム(KCC)が大会に参加するのは今回が初めてという誤った印象を与える作りとなっていた。3度目(*3)の挑戦で本戦3位入賞は十分に凄い。正確に伝えるべきである。

 久米宏が何度か「打つ」と言っていたが、「打つ」のは囲碁。将棋は「指す」ものである。「打つ」のは持ち駒を盤面におろす時のみ。本編のナレーションでも同様の誤用があった。
 特集Vの前フリで久米宏が将棋ソフト相手に▲7六歩と指し、後手のソフトが▽3四歩と応ずる画面が映された。久米宏は「(初手▲7六歩は)ごく初心者の角道を開ける手なんです。(後手のソフトが同じく角道を開ける▽3四歩と指したのは)ま、初心者同士ということです(笑)」と説明。将棋を知らない視聴者向けにハショッたのだろうが、これはひどい。初手▲7六歩が初心者の手なら、プロ棋士の大半は初心者レベルということになってしまう(笑)。「基本的な(ありふれた、お決まりの)手」とでも言ってほしかった。

 KCCにスポットを当てた特集だから仕方ないとはいえ、KCCと東大チーム以外の参加者をまったく紹介しなかったのは残念。

 現在の将棋ソフトの実力や如何に、ということで中倉彰子女流1級と「東大将棋」(IS将棋の市販版)の対戦場面が挿入されていた。“棋界の美人姉妹”(の姉)を起用するとはいかにもTV的だが、この人選やルール(25分切れ負け)は疑問(*)。 一般の視聴者は将棋の世界の「女流プロ」の地位・実力など知らない。将棋ソフトの実力を視聴者に示すのが眼目なら「プロ棋士」に相手をしてもらうべきだろう。で、プロがコテンパンに叩いた上で「最近のコンピュータは筋がいい。アマ○段ぐらいの実力はある」と笑顔で講評する、となるのが定跡。取材チームは「プロ」の肩書きを持つ棋士をコンピュータが負かす場面を撮りたかったんだろうか。(←邪推)
 (プロの公式戦に「切れ負け」はなかったはず。女流もふだん「切れ負け」は指してないんだろう。敗着となった桂馬打ちは……。プロだって悪手を指すしポカもするとはいえ。あんな局面を画面に映すとはTV関係者は血も涙も無い鬼である。)(- -;)

 大会で優勝するとソフトの売上げが7〜8倍になる、というレポートは意外だった。ここ数年で将棋ソフトのマーケット事情は大きく様変わりしたらしい。将棋ソフトというのは強ければ売れるというものではないと以前聞いたことがあるのだが。(トップクラスの将棋ソフトはもう何年も前から有段者の実力をつけている(*)。 将棋ファンの大半は初段以下。最強レベルに設定すると一般のファンはなかなか勝てない。すでに自分より強いソフトを持っていれば一般の人は新たにソフトを購入しない。より強いソフトを求めて次々買うのはよほどのマニアだ、という話だった。)

 大会を主宰するCSA(コンピュータ将棋協会)の戦前予想ではKCC将棋の優勝確率は8番目。協会理事は「(KCCが優勝するのは)無理でしょう。北朝鮮の人は(日本)将棋をわかってない」とコメント。北朝鮮には(日本)将棋の専門家がおらず、KCCチームは日本から送られた文献のみでソフト開発を行なっていると紹介。が、予想を裏切る強さでKCC将棋は2次予選を1位で突破する。ここでナレーション。「KCCの勝因は大会前に日本将棋を徹底的に分析したことにある」「100万手のデータを入力して強化した」云々。

 ここに言う「日本将棋を徹底的に分析」というのは、定跡書を読破して日本将棋の研究を究めたということではないだろう。ありていに言えばその内容は、昨年対戦した競合(強豪)ソフトや市販版ソフトの解析・アルゴリズム研究(対策)であろう。ここがソフト開発&対戦の醍醐味だと私なんかは思うのだがレポートでは言及せず。予備知識が無くとも勘のいい人なら、IS将棋(東大将棋)との対戦直前にKCC開発者がソフトの微調整をしている場面を見て、コンピュータ同士の対戦は“棋理の追究”に基づくアルゴリズム勝負であると同時に、思考ルーチンとは別次元での駆け引き(将棋業界風に言うなら“相手の顔を見て”の作戦・指し手選択)も絡む戦いであることに気づいただろうが。

 「100万手のデータ」というのはよくわからない。膨大な量のデータだとするとそれをどこから入手したのか、説明がほしかった(*)。 またこのデータというのは定跡データだろうが、大会参加ソフトは程度の差こそあれ対コンピュータ用にチューンナップされているはず。「定跡」を保持していても対コンピュータ戦ではあまり効果はないと思うんだが。それに定跡の知識が勝敗に直結しないのは人間もコンピュータも同じはずだし(*)。 これを「勝因」として挙げたのは、KCC開発者の言をそのまま伝えるナレーションだったのだろうか。

 対戦を終えた後、IS将棋開発チームとKCC開発者がお互いのソフトを交換するシーンが流れた。非常に印象的であった。

 特集Vの後、久米宏はKCC将棋がIS将棋戦で指した▽5七角成について、「ちょっと将棋をやったことのある人なら当然(飛車を取る)2八角成と打つ」とコメントした(「打つ」は上で書いたように誤用)。強くなっているとはいえ将棋ソフトは人間では考えられないような凡手を指すと言いたかったらしいが、これは変。第一に、コンピュータの疑問手についてならばIS将棋の直前手▲1九角にコメントすべきだし、第二に、私は“ちょっと将棋をやったことがある”程度のヘボだが、あの局面では▽5七角成もアリだと思う。「当然2八角成」と見るのは相当強い人か、飛車が大好きな初心者だろう(笑)(*2)

 久米宏は上の説明の途中できょとんとしている渡辺真理嬢におどけて「わかる?」と聞いていたが、前フリでのおかしな説明ぶりからすると、実は久米宏自身も将棋はさっぱりなのかも。

 冒頭に書いたようにこの特集は、北朝鮮のコンピュータ・エリートを結集したKCCの開発力がいかに凄いかを強調しようとするあまり作り方にかなり無理があった。
 来日したプログラマ安氏の真摯な目、勝利を目指す自信と執念、戦士を思わせる険しい表情は強烈で印象に強かった。エリートという言葉からイメージされる人物像とはかなり隔たりがある。特集が一人のエリート・プログラマに焦点を当てることで北朝鮮の国情をも浮き彫りにしようとしたのだとすれば、これは成功していたと思う。


 (*) 11日の補足を参照されたい。
 (*2) 補足(IS将棋vsKCC将棋)を参照されたい。(2004-11-09)
 (*3) 「2度目の参加で3位」と書いていたのだがKCCチームの初参加は1999年だった。「3度目」に訂正しておく。なお、KCCチームは2001年以降、本戦上位の常連となっている。

第09回(1999年) 6位 プログラム名は「シルバー将棋」
第10回(2000年) -- 2次予選8位で本戦出場できず
第11回(2001年) 3位 Nステが特集で紹介
第12回(2002年) 3位
第13回(2003年) 4位
第14回(2004年) 4位
第15回(2005年) 2位

参照リンク



 2001-04-11  補足
  • 中倉女流1級が「東大将棋」と25分切れ負けで対戦したのは、選手権と同じルールで相手をしてもらったということか。今ごろ気づいた。(--;) 選手権の対戦ルールについてNステの特集では説明が無かったような?

  • 将棋ソフトの棋力について。1990年(第1回選手権)で5級ぐらい、1998年当時はニ、三段程度と評価した記事がある。現在はたぶん、さらに大駒1枚くらい強くなってるんだろうなあ。

    ・参照→ “第8回コンピュータ将棋選手権”が開幕ASCII24、1998.2.12)

  • KCC将棋が「100万手のデータを入力して強化した」という件は、 (社)日本将棋連盟新潟支部 の協力によるものであった。上記ホームページにはKCC将棋が日将連新潟支部の「指導を受けて」開発されたとの興味深い記述がある。

  • 「定跡」データと将棋ソフトの強さの関係、データ量のカウント方法については、上記サイト内の 定跡ファイルについて の最終項「作成について」が示唆に富む。


 2004-11-09  補足(IS将棋vsKCC将棋)

 先ほどWEBサーフしていて、IS将棋公式サイトに2001年CSA大会の自戦記(優勝記)が掲載されているのに気づいた。上で言及した(Nステで久米宏が紹介した)「IS将棋vsKCC将棋」戦の問題の局面図と解説がある。やはり▲1九角に対しては▽5七角成もアリだよなあ。最善手は▽2八角成なのかもしれないが。



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