無駄話 
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 犬の思い出・猫の思い出   


 いっとう大切なことだから、それは君にも話せない。
 だから代わりに、僕の二番目に大切な思い出について話してあげよう。

 ある日、"髭"(というのは、大学で最初にできた僕の友人。当時は文
芸の同人誌を作っていた)に乞われるまま、散文詩を書いたことがある。
なに、詩といっても、即興でノートの端になぐり書きしたものだけどね。
 それは、こんなだったと思う……

    そいつはエンジ色のジャージを着て校庭を走っていた
    髪を掴んで「おれの犬になれ」と言うと、わんと鳴いた
    そこで、頭を撫でてやった

    そいつはマカロニグラタンが好物だったが
    去年の夏、車にひかれて死んだ

 "髭"は、僕のその"詩"をしばらく眺めていた後、
 「日の照り返しの強いアスファルトに男が立って、泣いている」
 と言った。あれは、感想だったのかな?

 数年後、"髭"に犬の写真を見せた。犬は、まっすぐこちらを見つめ
て微笑んでいる。僕にとってその笑顔は不思議なものだった。という
のも、それは、僕が犬と初めて出会った頃、校庭の隅で盗み撮りのよ
うにして撮ったものだったからだ。
 振り向いて僕に気がついた時、なぜ犬は微笑んだのだろう。
 ついに本人には聞けずじまいになった。
 「ね、なんで彼女は笑ったんだろう?」
 "髭"は黙りこくって答えなかったっけ。
 だけど、"髭"は、……

 「ほんとに男って馬鹿ね」
 黙って話を聞いていたマチコは、ひとことそう言って、ざらざらの
舌で僕の手首を軽くなめた。
 マチコの寝顔を眺めていて、僕は、ようやく気がついた。だからマ
チコは僕にとって、


 おや? 君はあの時のマチコと同じ目をしている。


【91年03月28日】
(99年03月10日リライト)


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