(大タイトル未定)


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 2000-12-24  「恐怖の眉」〜工藤教授のゴア敗北宣言分析 (ニュースステーション)

 14日のニュースステーションでゴア副大統領の敗北宣言(TV演説)を表情分析学の工藤力教授が解説していた。ポイントは3つ。

  1. 「恐怖の眉」(眉を上げ、眉根を寄せる)の頻発〜演説の目的は政治生命の維持だが、そのアピールに成功しているだろうかという不安の現われ
  2. 「理性の左」(顔の右側、向かって左側)の強調〜感情を押し殺している
  3. 演説終了後の「口ぬぐい」〜演説はうまくいった、オレはまだイケルぞと自分を宥める仕草

 短いが大変興味深い解説だった。が、「恐怖の眉」の解説部分には疑問を感じた。ゴアの演説VTRを見ながら「あ、また『恐怖の眉』が出ましたね」と指摘する工藤教授の様子と教授による表情の実演があったのだが、その表情が演説のどの部分で出たのかは示されなかったのである。感情は言葉よりも顔の表情・身体の仕草により正直に表われるとはいえ、表情・仕草は(言葉と同様)一義的なものではない(*1)。 この種の表情分析は発語と対でないと説得力に欠ける(*2)。 言葉と切り離して表情(の一部)のみを切り取るのがアリなら、ブッシュの勝利演説には大量の「困惑の眉」が出ていると言うこともできる。ブッシュは「八の字眉」だから(笑)。
 VTRが「恐怖の眉」と発言内容を逐一対にして提示する作りでなかったのが惜しまれる。ゴアの演説には確かにぎこちなさがあったし、教授の指摘はたぶん妥当なものだとは思うが。

 もう一つひっかかることがある。分析対象がTV演説だという点だ。訓練をつんだ者でもインタビュアーや討論相手、聴衆から予想外の発言・反応を返されて咄嗟に感情が顔に出てしまうことはあるだろうが、TV演説はカメラ相手の一人舞台である。アメリカのことだから当然“TV映り”も周到に計算した上での演説だったはず。「口ぬぐい」は演説を終えてカメラから顔を背けた時のものだから気の緩んだ隙に出た無意識の挙動(*3) だろうが、政治生命を賭けたTV演説の最中にエリート政治家が「恐怖の眉」を何度も不用意に顔に出すなんてことがあるんだろうか? 繕いきれないほどゴアが動揺していたということかもしれないが、どうも釈然としない。

 余談。敗北宣言の分析から次のVTRに繋げる原稿読みで、久米宏は「アメリカの国民はこの結果に……(眉を上げて静止)、満足してるんでしょうか?(眉根寄せ)」とおどけてみせたが、これは一連の動作ではないので「恐怖の眉」の実演にはなっていない(たぶん)(*4)。 それに、うまく「眉根寄せ」ができずに「眉顰め」になっていた。久米宏のような表情豊かな人にも作るのが苦手な表情はあるものらしい(笑)。

(*1) 表情は一義的ではない一例。クロネコヤマトのTVCF(孫のマミに美味しいカニを食べさせたい祖父編)で、カニを受け取り喜ぶ孫娘の顔を電柱の陰から見守りながら爺ちゃんは眉を寄せ上げる。この眉寄せを「悲しみ・不安・困惑・苦悩の表われ」と解釈する人はいないだろう。

(*2) 表情の解釈には発言内容も考慮する必要がある。例えば仮に、「今回の選挙では勝利者決定の過程で不幸な混乱が生じたが……」というフレーズで「眉上げ+眉根寄せ」が出たとすれば、これは「恐怖の眉」ではなく「驚愕・当惑・懐疑・強調の眉上げ」+「苦悩の眉根寄せ」(不満の抑圧)と解釈すべきだろう(=フロリダの選管には呆れたぜ、な? ちゃんと集計すればオレの勝ちだったんじゃねぇの? もう負けを認めるしかないけど、くそっ)。
(上のフレーズはあくまで架空のものである。念のため。)

(*3) 工藤教授は指摘しなかったが、「理性の左」は心理状態の露呈ではなく、演出された意図的な仕草の可能性もあると思う(“ゴアは敗北を冷静に受け止めるクールな男”という印象付け、あるいは単に顔の右側の方がTV映りが良い)。

(*4) 心理学に「恐怖の眉」という用語があることを、私はこの日の放送で初めて知った。正確な定義は知らない。表情分析学に関する知識は何もない。だから「たぶん」なんである。わはは。上でいろいろえらそーなこと書いているが、読者は眉に唾つけて読むように(笑)。

 参考文献:デズモンド・モリス『ボディウオッチング』(小学館ライブラリー)



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